複雑な細胞応答、薬物と受容体あるいは酵素の間の相互作用など、薬物の活性発現メカニズムを分子レベルで明らかにすることは、多くの場合非常に難しいことです。しかし、ある一連の薬理活性化合物の構造と活性値の間の相関関係を見出すことができれば、その情報を使用して薬理作用団(ファーマコフォア)の解析や高活性の新規薬物分子設計を効率よく進めることができるようになります。
定量的構造活性相関(QSAR)は、統計的な手法を用いて化合物の立体構造と薬理作用の相関関係を解析し、薬理活性値と分子構造の関係を表す数学的モデルを求める手法です。TRIPOS社のSYBYL/QSAR モジュールは、QSAR解析を行うプログラムとして開発され、古典的QSAR 解析と3次元QSAR 解析手法(CoMFA及びCoMSIA 解析)を行うことができます。
CoMFA(Comparative Molecular Field Analysis)は、分子の立体構造を直接反映したQSAR解析を行うために開発されたQSAR計算手法であり、SYBYLのQSARモジュールを最も特徴付けるものです。このCoMFAでは、薬物分子の周りの『場』に注目してQSAR解析を行います。
CoMFA解析を行う場合、まず取り扱う分子の重ね合わせ処理を行います。これは、各分子の構造の差異が分子周辺の『場』の差異になり これが薬理活性値を左右する、という仮定に基づくものです。このため、構造の差異を適切にデータに反映させるために分子構造を適切に重ね合わせることが必要となります。分子を重ね合わせると、例えば次のような状態になります。

分子構造の重ね合わせには、いろいろな方法があります。例えば、前項の図のように共通骨格が同じ位置に来るように配置する、取り扱う分子の薬理作用団(ファーマコフォア)が同じ位置に来るよう重ね合わせる、などです。このような重ね合わせ処理を効率的に進めるために、SYBYLには重ね合わせのための各種機能(Fit Atoms, Align Database, Match, Multifit,…)やオプションツール(Advanced Computation ,DISCO,GASP, GALAHAD,Surflex-simなど)が準備されています。
重ね合わせ処理が終わると、今度は重ね合わせを行った分子を囲むような箱を考え、箱内部に1または2Å間隔で数千個の格子点をとります。そして、各格子点位置に電荷+1のsp3炭素原子を疑似的に配置します。そして、各薬物分子について、配置した全てのsp3炭素原子各々との間の、立体及び静電ポテンシャルを計算し、各薬物分子の三次元構造記述子として使用します(CoMFAフィールド)。この様子を図示すると次のようになります。

CoMFAフィールドの計算では、立体相互作用はLennard-Jones式で、静電相互作用はCoulombポテンシャルで計算されます。このCoMFAフィールドを、重ね合わせた分子それぞれについて計算すると、CoMFA計算の準備が整ったことになります。
このように計算されたCoMFAフィールドを各分子の三次元構造記述子として使用し、活性値との関係を統計解析します。統計解析にはPLS(Partial Least Square)法を用います。このようにして計算される活性予測式は薬物分子に対して要求される性質を、表すものとなり、三次元的に図示することができます。活性のより高い化合物を得るためには、分子のどの部位に、立体的、静電的にどのような性質の置換基を導入すればよいのか?あるいは逆にどのように削ったらよいのか?そのような薬物設計の指針をコンピュータグラフィックスで判りやすく図示できます。
CoMSIAはCoMFA法を拡張して作られたQSAR計算手法です。これまで、CoMFA計算では立体ポテンシャルと静電ポテンシャル、それに幾つかの追加的なフィールドを用いて計算が行われてきました。CoMSIAは、『場』の計算でSimilarity Indexを用いてCoMFA同様の計算を行うQSAR手法です。Similarity Indexとは次式で計算される値のことです。
CoMSIAでは、立体フィールド・静電フィールド・水素結合Donorフィールド・水素結合Acceptorフィールド、疎水性フィールドが計算できます。このCoMSIAフィールドをCoMFA計算に用いることで、これまで以上にQSAR/CoMFAの適用範囲が広がります。
MOPACなど幾つかの分子計算パッケージでは、基準振動解析を行うことが可能です。この解析を行うと、任意の入力構造に対応する分子のNormal Mode( fi )を求めることができます。各々のNormal Mode成分が半値幅σ(通常10cm-1)のGauss分布を持つと考え、全てのNormal Modeに対応するGauss分布を足し合わせると、その分子自身の振動プロフィールすなわち仮想的な振動スペクトルが得られます。すなわち、ある振動数での仮想振動スペクトルの強度は 式
で計算できます。
SYBYLのEVA解析は、この式で計算された仮想振動スペクトルを任意の間隔(5cm-1程度)でサンプリングしてQSAR記述子(EVAベクトル)を作成し、薬理活性値などとの関係を導きます。
3次元QSAR手法であるCoMFA法では、(分子の大きさに依存しますが)数百から数千という多数の格子点について計算されるポテンシャルの値を、各分子の構造記述子(説明変数)として取り扱わなくてはなりません。これを可能にするのが、回帰分析手法の一種、PLS法です。
PLS法では、多数の記述子から目的変数(薬理活性値など)と相関のある『成分』と呼ばれる値を抽出して回帰式を組み立てます。この『成分』は、主成分分析で計算される主成分とよく似た性質を持っており、複数取り出した場合には各々が直交するという性質を持っています。このため、非常に多くの変数を含むようなCoMFAデータから活性予測式を作ることができるのです。
なお、このPLS成分数は、Leave-one-out法と呼ばれる、信頼性評価法によって決定され、最も信頼性の高い活性予測式を作るのに必要な成分数での活性予測式構築が行われます。

